半導体の少数キャリア拡散を利用した反応拡散デバイスに関する研究
西宮 優作
2001 年度 卒 /修士(工学)
修士論文の概要
本研究は、新たなアーキテクチャに基づいた情報処理技術の開拓を目的とするものである。高度情報化の進展にともない、現用コンピュータシステムとは異なる情報処理技術の開拓が求められている。新たな情報処理技術の開拓のために、本研究では、生態系・自然現象などで行なわれる複雑な情報処理を手本とし、これらの情報処理を基にした新たな情報処理デバイス-反応拡散デバイスの開発に目的を置いた。反応拡散デバイスの開発のために、上述の情報処理を模擬する電子回路を提案し、この回路化手法によって構成した反応拡散デバイスの動作をシミュレーションによって確認した。
本研究では反応拡散系とよばれる化学反応モデルを手本とした。反応拡散系では、系を構成する複数の化学物質が互いに反応・拡散しあうことでダイナミックな空間パターンを生成する。このモデルの例を挙げればシマウマの縞模様・ヒョウの斑点模様などの生成は反応拡散系が引き起こした化学反応の結果である。これらの模様形成では、物質がエネルギーや他の物質を取り込み・消費するといった複雑な化学反応を経て、系が安定な状態になった結果、模様が形成されるというある種の情報処理と考えることができる。このような反応拡散系が行う情報処理の解明さらには具現化を進めることができれば、新しい情報処理技術の開発につながる可能性がある。また、この反応拡散系が行う化学反応(情報処理)は並列的に行われ、既存の情報処理技術における逐次的処理の苦手とする分野に有用な技術になる可能性がある。
反応拡散系の化学反応が行われる場(反応拡散場)は、化学物質の反応が行われる反応セル(反応の最小単位)と、これをつなぐ拡散場で構成される。反応拡散系のデバイス化には、反応セルおよび拡散場を電子回路で構成し、化学物質の物質濃度を電気量として具現化するアプローチが考えられる。しかし、本研究では、この手法を発展させ、拡散場のデバイス化に半導体の物理現象を利用することに着眼した。つまり、拡散場の実現に電子回路を必要としないことで、集積回路上にコンパクトに反応拡散系を具現化できる。拡散場の実現には半導体の少数キャリア拡散を利用する。半導体内において少数キャリア濃度分布は拡散方程式に従い、また、反応拡散系において拡散は拡散方程式で記述される。この一致を利用すれば、拡散場を半導体の少数キャリア拡散を利用して実現可能と考えた。また、反応セルの実現にはP-N-P-N接合素子であるサイリスタ、キャパシタ、トランジスタの3つの素子で実現することを提案した。これらの素子は既存のCMOSプロセス技術で十分な動作保証をもって作製可能であり、必要最小限の素子を用いる回路構成は低消費電力を期待できる。提案する回路構成を用いて設計される反応拡散デバイスは、有用な情報処理デバイスとなりうる。
本研究では、提案した反応拡散デバイスの回路構成から数値モデルにモデル化し、このモデルの振る舞いを数値シミュレーションで確認した。結果より、反応拡散系にみられるダイナミックな非線形振動・空間パターンの生成を確認した。これは、反応拡散系が行う複雑な情報処理の基となる基本的かつ重要な特徴を得たといえる。提案する反応拡散モデルから、これらの振る舞いを得た事実は、既存の反応拡散モデルとは異なる新たな反応拡散系を作り出したと言えるだろう。さらに、提案した構成法によって構成した反応拡散デバイスの動作をデバイスシミュレーションで確認した。LSI上への実装を考えれば、反応拡散デバイスに与えるべき種々のパラメータ(素子サイズなど)をデバイスレベルで知る必要がある。デバイスシミュレーションでは、反応セルを実現した単位セル回路、およびこれを結合させた反応拡散場の過渡特性を調べた。結果より、提案する反応拡散デバイスにおいて反応拡散系にみられる特有の性質を電気量として確認し、所望の回路動作を得た。以上の結果から、半導体の物理現象を利用した全く新しい反応拡散系を作り出し、また、デバイスレベルでの回路動作を確認したことで、反応拡散系デバイスの具現化の見通しがたったといえる。
本論文は、新たなアーキテクチャに基づく情報処理技術の開拓を目的として、半導体の少数キャリア拡散を利用した反応拡散デバイスのデバイス化手法およびデバイス特性についてまとめた。これらは、反応拡散系に学ぶ新たな情報処理および情報処理デバイスの開拓につながる可能性を示したものといえる。
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